夜明

大学生の日々と写真

想像力のない人間はただ射精だけを求める

f:id:Foreversummer:20191206153119j:image高校生の頃の僕は作家だった。ただ自分のイメージに渇望していた。美しい田舎や煌びやかな都市の情景、海に続く長い坂を登れば麦わら帽子を被った少女がいてそこは全てが完璧な世界である、そんな場所があると思い込んでいた。当時の僕はそれが当たり前だと思っていて、みんなそんな風に考えているものだと思っていた。授業中には空想の世界へ飛び立ち、高校をサボってはどこかにあると信じていた美しい世界を自転車に乗って探し回っていた。側からみたらかなり変な人間だったと思う。だが何かに対しての想像力を働かせる時間が無くなってしまってから僕はつまらない人間になってしまったのかもしれない。受験によって時間を切り刻んで1秒でも無駄にしない、受験が終わればスキルを身につけたり本を読むことに時間を費やす。それが正しいのか?だって想像力のあった頃はビジョンが明確に見えていて、少し狂気的なまでに渇望を語り、動いていた。それには少なからずも人を動かすパワーがあったみたいで。よく有名作家や作曲家などの影響をあまりにも受けていて、自分の作品を持っていない人間がいる。ほぼパクリでダッセェなぁって思うけれど、起業家だってアーティストだから強いビジョンを思い描いて行動している人が成功する。売れるために曲を書き始めたらお終いなんだと思う。売れるためを第一にしたら失敗するのは同じだと思う。結局は自分の作りたいものを作るべきだ。まず三秋さんもナブナさんも俺の感性とはズレてたんだよ最初はね。すごいなぁでもちょっと違うなぁと思っていた。そこのズレはズレとして持っておくべきでそれを作品にするんだろう。今はもう作品に合わせに行ってる俺がいて、この二人の作品が自分の世界観を構成しちゃってるんだ。

あのね、女の子との生活にさ、セックスとしての射精しか求めない人間ってのはそういうところの想像力が欠けているんだと思う。穴に棒を突っ込んで腰を馬鹿みたいに振ってただ種を出すだけ。自分の思い描いている世界観にハマるような女の子と付き合うことの方が楽しいでしょう。そんな想像力のない人間は面白くないし世界も変えられない。オナニーみたいな人生だよね。